Day-to-day record
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- - -
プチマイブーム(英国)
農地・水・環境の繰り延べ作業最終報告書・新年度計画書などなどインドア作業が滞留ぎみの今日この頃です。

バイト先T氏のスピーカー選びの話から、我が家のスピーカー点検・見直しをした頃(BLOG2008.03.06既出)より、私の中で静かに小さく英国ブームが起こっております。
まずは温故の巻から

ファイロファックス1

1986年に鉄砲の弾を通さない(通さなかったという逸話)という理由にならない事を、自分への言い訳として日本で入手したもので、左のカードはなんと五年間の保証書です。


当時はシステム手帳がはやりで、システム手帳を使うとあたかも仕事がデキルような幻想?をいだいたものです。その後PDA、HPCなど数々試しましたがやはり手帳が一番でした。
で、仕事に役立ったか?・・・・・・幸い鉄砲の弾が飛ぶような仕事ではなかったので真価は分かりませんでした。

1989年5月 ロンドン

この時、BT(ブリティシュ テレコム)に行ったのですが、BTのJ氏が「あなたの住んでいるマンションで最近自殺があったでしょう」と・・・・え〜!なんでそんな事がわかるのと私ビックリ。実は、その方のご両親が私と同じマンションに住んでおられるとの事・・・・ロンドンまで来て え〜! と、また私ビックリでした。
今なら時間をかけずに出来そうですが、しかし.咼奪リにはならないでしょう。

ファイロファックス2

1989年のおそらく5月18日、19日のどちらかで購入しました。今思うに事前に調べて行った訳でもなくブラブラしていて、おそらくタマタマ偶然にそこに店があったのだろうと思います(タマにあたった)、いや現地で調べたかなあ?。現在、ファイロファックス1は引退、ファイロファックス2は待機状態?です。夜な夜な出して皮を磨いてます(USO)。

ちなみにここ数年は”ほぼ日手帳”を使用していますが、書くより読む方が増えたようです。

1989年使用していたQUADのアンプ



現在は待機中(オーバーホール待ち)

1989年使用していたRogersのスピーカー



現在も使用中
いろいろうろうろしながらも上記システムでほぼ落ち着いていたようです。
このBBCのモニタースピーカーから知新につながるとは・・・・。

Auraのアンプ VA80SE

現在も使用中

引用ーー>
1989年イギリスで産声を上げたAura。その処女作は筐体55mmの厚みしかない薄型軽量のインテグレーテッド・アンプVA40。鏡面仕上げのクローム・フィニッシュのフロントパネルにボリュームとセレクタ、パワースイッチのみを配置した潔さは、当時の製品の中でも異色とも言える存在で、そのシンプルな姿態に惚れ込んだ人も、「多くは期待しない。ほどほどに音楽が聴ければいいよ。」と、優しい目でこの異端児に灯を入れたのです。
その後のAuraの華やかな経歴はご存知の通りです。Auraは多くの見識ある人々に育てられました。資金力のなかったAuraの創設者マイケル・トゥは、B&Wのトム・シュルンツに見出され、イギリスのワーシングから発信されたAuraの製品は瞬く間に世界のオーディオマーケットを席巻しました。
(そして2006年。Original Auraのデザインが鮮やかに蘇ります。当時Auraのデザインを担当していたのは、かのケネス・グランジ氏(ペンタグラム社)。グランジ氏がAuraのために1997年の最期にデザインしたのが今回発表されるnoteです。
しかし周知の通り1997年にイギリスでのAuraの製造が終了すると同時に、このデザインも陽の目を見る機会を失っていたのでした。)<--引用終り

イギリス王室御用達の工業デザイナーだったと思いますが、ネットでは、音響関係のデザインはケネス・グランジで他のデザインではグレンジででて来るようです?。
1985年頃、某社のCIのコ・デザイナーとしてケネス・グレンジ氏がデザインしていることを知っていた私は、1989年ロンドンでケネス・グレンジ氏をご存知ですか?と聞いても、誰も知らないようでした(まあ普通そんなもんですよね)。その年Auraが誕生しケネス・グランジ氏がアンプをデザインしていたようです。そのひ孫?にあたるのが ↑ のアンプです。

全然違う話ですが、ここ数年誰が作ったか分るスイカ、メロンしか選ばないような、最近ここの国で出来た食べ物しか選ばないような、選べないような(何処、誰を知らないと安心できない風潮)・・・・全然違う話でした(ISO9000版的話)。

知新の巻 序
BBC、VOAとかに弱い年代なのです。昔々BCL(Broadcasting Listening / Listener )なるもの(短波で世界のラジオ放送を聞き受信レポートを送ると、絵葉書の様な物(ベリカード)を送ってくれたのです)がはやった時に少しだけ夢中になったからです。このカードをもらうだけで、大袈裟ですが世界に関わりを持った気がしたのでした。探すとあるかもしれませんがBBCからはたしかビッグベンの絵葉書だったと思います。

1999年10月 ロンドン


そんなわけで行き着いたのが「雨のBBC放送局」という絵でした。

ポストカード、出版物は入手しました。上記画集表紙が「雨のBBC放送局」です。

なんでも、現物は昨年鑑定団にでて高値がついたようで、鹿児島の薩摩英国館というとこにあるそうです。それから作者の方が牧野義雄さんと言う方で現豊田市出身。各画集、本を訳された方というより、発見広められた方が恒松郁夫さんで、崇城大学(熊本市)の教授でありロンドン漱石記念館館長という・・・・興味は広がるばかりです。
ただただ残念だったのは、2008年1月8日から3月30日まで、豊田市美術館で「牧野義雄展」が開催されていたことです。その時愛知県にいたのに。

牧野義雄エッセー集

表紙の絵は「霧のピカデリー通り」(Fog.Ladies Crossing Piccadilly.)です。これからじっくり読んでみたいと思います。

BBCとネットがなかったらこの絵にも、牧野義雄さんにも、恒松郁夫さんにも、薩摩英国館にも、豊田市美術館にもたどり着かなかったと思います。でもBCL時代のワクワク感の方が強かったかもしれませんね。

誰か鑑定団のビデオ撮ってないですか?。金と時間をつくり薩摩英国館に行きたいと思ってます。

プチマイブームです。知新はこれからです。実物を見れたら感想でも・・・・。
- comments(0) -
スポンサーサイト
- - -
Comment








<< NEW | TOP | OLD>>